大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)4681号 判決

原告(反訴被告) 小沢芳治 外九五名

被告(反訴原告) 日本赤十字社

主文

本訴被告は、本訴原告らに対し、別紙「債権目録」記載の各金員及びこれに対する昭和三五年一一月一七日から完済に至るまでの年五分の率による金員を支払え。

反訴被告らは、反訴原告に対し、別紙「債権目録」記載の各金員及びこれに対する昭和三五年一一月一七日から完済に至るまでの年五分の率による金員を支払え。

本訴及び反訴の訴訟費用を二分し、その一を本訴原告、反訴被告らの連帯負担とし、その余を本訴被告、反訴原告の負担とする。

事実

第一(当事者双方の申立)

本訴原告、反訴被告ら訴訟代理人は、本訴について、主文第一項同旨及び「訴訟費用は本訴被告の負担とする。」との判決竝びに仮執行の宣言を求め、反訴について、請求棄却の判決を求めた。

本訴被告、反訴原告訴訟代理人は、本訴について、「本訴原告らの請求を棄却する。訴訟費用は本訴原告らの負担とする。」との判決を求め、本訴における本訴被告の申立が認容されない場合の予備的な反訴について、主文第二項同旨及び「訴訟費用は反訴被告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二(本訴原告、反訴被告らの主張)

本訴原告、反訴被告(以下、原告と略称する。)ら訴訟代理人は次の通り述べた。

一  (本訴請求の原因)

原告らは、医師、薬剤師、看護婦、看護助手、技術手又は要務員として、本訴被告、反訴原告(以下、被告と略称する。)に雇傭され、被告の経営する東京都武蔵野市境一〇番地所在武蔵野赤十字病院(以下病院と略称する。)に勤務し、毎月一六日にその月分の賃金の支払を受けていたものであるが、被告は、昭和三五年一一月一六日原告らに対し同月分の賃金を支払うに当たり、原告らが同月分として受取るべき賃金から別紙「債権目録」記載の各金員を控除して、これを支払つた。

よつて、原告らは、被告に対し、同月分の賃金のうち、未払にかかる別紙「債権目録」記載の各金員及びこれに対する昭和三五年一一月一七日から完済に至るまでの民法所定の利率年五分の率による遅延損害金の支払を求める。

二  (被告の本訴抗弁及び反訴請求の原因に対する原告らの答弁)

原告らの所属する武蔵野赤十字病院労働組合(以下、組合と略称する。)が昭和三五年九月二一日被告に対するスト権を確立し、原告らが同年一〇月五日から同月三一日までの間に、多い者は一六〇時間、少ない者で二・五時間、ストライキとして、就労を拒否したが、被告は、同月一六日原告らの同月分の賃金を支払うに当り、原告らのストライキによる不就労時間に相当する賃金分である別紙「債権目録」記載の各金員を含めて、これを支払つたので、右賃金分が過払になつたところ、被告がこれを翌一一月分の賃金から控除したことは認めるが、本件賃金控除は、賃金全額払を規定した労働基準法第二四条第一項本文に違反し、許されない。

また、被告が同年一〇月三日組合に対し、ストライキについては賃金カツトを行う旨を申入れ、次いで、同月一六日原告らに対し、同月分の賃金支払の際、その給料袋中に被告主張通りの記載ある紙片をさし入れて、原告らの同月中のストライキによるカツト賃金分を翌一一月分の賃金支払の際精算する旨を予告したこと、更に、被告主張の労働協約及び就業規則にその主張のような規定の存することは認める。

なお、本件争議に関して、東京都地方労働委員会において斡旋が行われ、その結果、被告が、組合との間の協定に基づき、昭和三五年一二月金五〇万円を、争議解決金として、組合を通じ、原告らを含む組合員に対し支払つたことは認めるが、右金員は、本件ストライキによるカツト賃金分の総額を基準とし、これに見合う額として算出されたものではなく、組合の闘争資金の支出、要求賃金の遡及分の打切り、賃金カツトなど種々の具体的な事情を総合して決定されたものである。

第三(本訴被告、反訴原告の主張)

被告(本訴被告、反訴原告)訴訟代理人は次の通り述べた。

一  (本訴請求の原因に対する答弁及び抗弁)

1  (本訴請求の原因に対する答弁)

原告らが本訴請求の原因として主張する第二の一記載の事実は認める。

2  (本訴請求の原因に対する抗弁)

(一) 原告らの所属する組合(武蔵野赤十字病院労働組合)は、昭和三五年九月二一日被告に対するスト権を確立し、原告らは、同年一〇月五日から同月三一日までの間に、多い者は一六〇時間、少ない者で二・五時間、ストライキとして、就労を拒否した。そこで、被告は原告らのストライキによる不就労時間に相当する賃金分である別紙「債権目録」記載の各金員を支払う義務はなかつたが、ともかく、同月分の賃金は、右賃金分を含めて、同月一六日にこれを支払つた。しかし、被告は、ストライキに先立つて、既に同年一〇月三日組合に対しストライキについては賃金をカツトする旨を申入れ、また、同月一六日原告らに対し、同月分の賃金支払の際、その給料袋中に、「争議行為中の職場離脱に対する賃金カツトについては調査中なので来月精算致します」との記載ある紙片をさし入れて、原告らの同月中のストライキによる不就労時間に相当する賃金分を翌一一月分の賃金支払の際精算する旨を予告した。そして、翌一一月一六日における同月分の賃金支払の際、これを控除して、支払つた。かかる場合、被告のなした本件賃金控除は、次のいずれかの理由により、なんら違法ではない。

(1) (労働基準法第二四条第一項本文の趣旨に違反しない。)

毎月の賃金がその月の途中で支払われる関係上支払日後の賃金が常に前払となる場合に、支払日後に賃金債権が発生しないときは、その過払賃金分を次に支払うべき賃金から控除することは合理的であり、それが許されるべきことは事理明白である。また、支払日前既に賃金債権が発生しなかつたときでも、それが支払日に接着し又は争議行為その他の障害が生じ、賃金計算が事実上不可能であるため、やむなく賃金の全額を支払つた場合の過払賃金分についても、同様に解すべきであつて、労働基準法第二四条第一項本文はこのような接続する賃金期間の賃金相互間の調整的ないし清算的な控除まで禁止する趣旨ではないといわなければならない。本件の場合、被告は、昭和三五年一〇月一六日の賃金支払日に原告らの同月分の賃金を支払つたため、そのうち同日後の賃金分については前払となつていたので、同日後の原告らのストライキによる不就労時間に相当する賃金分が過払となつたのであつて、その過払賃金分を翌一一月分の賃金から控除したのであり、また同日前の原告らのストライキによる不就労時間に相当する賃金分は、前記賃金支払日にこれを支払う義務はなかつたが、原告らの不就労が右支払日に接着して行われ、且つ、本件ストライキにより病院全体が混乱状態に陥り、賃金計算が事実上不可能であつたため、やむなく支払つた過払賃金分であつて、翌一一月分の賃金からこれを控除したのであるから、本件賃金控除は、右の接続する賃金期間の賃金相互間の調整的ないし清算的な控除に該当する。しかも被告は、前記の通り、本件賃金控除を予告して、原告らが思いがけない生活上の苦痛を受けないように配慮したのであるから、本件賃金控除は労働基準法第二四条第一項本文の趣旨に違反しない。

(2) (労働基準法第二四条第一項但書に該当する。)

組合が加盟する全日本赤十字社従業員組合連合会と被告との間の労働協約第七条第二項は、組合員が「組合活動を勤務時間内に行う場合には、その時間の給与を支給しない。」と定め、また、武蔵野赤十字病院職員就業規則第四六条は、「職員が私事による欠勤遅参又は早退或は怠業争議のため勤務しない時は勤務しない時間につき給与を減ずるものとする。」と定めているが、これらの規定は、いずれも、組合員ないし職員の不就労時間に相当する賃金を支給しないものとして、賃金から控除することができることを書面で明らかにしているものと解されるから、右労働協約及び就業規則の規定は労働基準法第二四条第一項但書にいう法令の定又は協定に該当するものというべく、本件賃金控除は、右労働協約及び就業規則の規定に基づいてしたのであるから、なんら違法でない。もつとも、右労働協約及び就業規則の規定は、いずれも、賃金控除の方法及び時期までは明確にしていないが、被告は、前示のとおり、本件賃金控除を事前に予告し、且つ、翌月の賃金支払日という最も接近した機会に実施したのである。このように、賃金控除の方法及び時期は、社会的にみて合理的であれば足りるのであつて、右労働協約及び就業規則の規定が賃金控除の方法及び時期について明確にしていないからといつて、これらの規定を労働基準法第二四条第一項但書にいう法令の定又は協定に該当しないものとすることはできない。

(二) 本件争議に関して、東京都地方労働委員会の職権による斡旋が行われ、労使双方に提示された斡旋案には本件ストライキによるカツト賃金分の総額を基準としこれに見合う額として算出された金五〇万円を、その時限りの特別措置として、組合を通じて、原告らを含む組合員に支給することが掲げられたが、昭和三五年一二月二七日労使間に成立した協定には、右斡旋案の趣旨を受け継いだ争議解決金五〇万円支給のことが定められ、当時、被告は、右協定に従い、争議解決金として、右金員を、組合を通じて、原告らを含む組合員に支払つた。原告らが、右金五〇万円により、本件控除賃金分を上廻る争議解決金を受領しながら、なお、被告に対し、本件控除賃金分の支払を求める本訴請求は、信義則に反し、許されないものといわなければならない。

二  (反訴請求の原因)

仮に本訴における被告の主張がすべて理由がなく、その申立が認容されないとすれば、被告は次のような予備的な反訴請求に及ぶ。

被告は、昭和三五年一〇月一六日に原告らに対し同月分の賃金を支払うに当たり、前示の事情から、原告らのストライキによる不就労時間に相当する賃金分である別紙「債権目録」記載の各金員を控除しないで支払つたので、原告らは、法律上の原因がないのに、被告の損害において、右過払賃金分を利得したことになり、しかも悪意の受益者であるから、被告に対し、別紙「債権目録」記載の各金員に、同年一一月一七日から完済に至るまでの民法所定の利率年五分の率による利息を附加して、これを返還すべき義務がある。よつて、被告はその支払を求めるため反訴請求に及ぶ。

第四(証拠省略)

理由

一  (本訴請求について)

1  原告らが、医師、薬剤師、看護婦、看護助手、技術手又は要務員として、被告に雇傭され、被告の経営する病院(武蔵野赤十字病院)に勤務し、毎月一六日にその月分の賃金の支払を受けていたところ、被告が、昭和三五年一一月一六日に原告らに対し同月分の賃金を支払うに当り、原告らが同月分として受取るべき賃金から別紙「債権目録」記載の各金員を控除(本件賃金控除)して、支払つたことは当事者間に争がない。

2  原告らの所属する組合(武蔵野赤十字病院労働組合)が昭和三五年九月二一日被告に対するスト権を確立し、原告らが、同年一〇月五日から同月三一日までの間に、多い者は一六〇時間少ない者で二・五時間、ストライキとして、就労を拒絶したが、被告が同月一六日に原告らの同月分の賃金を支払うに当り、原告らのストライキによる不就労時間に相当する賃金分である別紙「債権目録」記載の各金員を含めて、支払つたため、右賃金分が過払となつたこと、本件賃金控除は、被告が右過払賃金分を原告らの翌一一月分の賃金から控除したものであつて、その控除については、被告が事前に、組合に対しストライキについては賃金をカツトする旨を申入れ、また、原告に対し、同年一〇月分の賃金を支払う際、給料袋中に被告主張のような紙片をさし入れて、これを予告したことは当事者間に争がない。

そこで、本件賃金控除が法律上許されるかどうかについて、以下に判断する。

(一)  まず、被告は本件賃金控除は労働基準法第二四条第一項本文の趣旨に違反しないと主張するのである。

労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策上きわめて必要なことであり、そのため、労働基準法第二四条第一項は、その本文において、賃金の直接全額払の原則を定め、賃金の一部控除は、同項但書による例外の場合を除き、許されないものとし、その違反者に対しては刑罰をもつて臨み、労働者の生活保護の徹底を期しているものと解されるのである。ところで、毎賃金期間の賃金がその期間の途中で支払われる場合には、支払日後の賃金分は前払となるため、支払日後に賃金債権が発生しないときは、当然賃金の一部過払を生じ、また、支払日前に賃金債権が発生しなかつたときでも、それが支払日直前であること又は執務上なんらかの障害により賃金計算が事実上不可能であり、やむなく賃金の全額を支払つたため、賃金の一部過払を生ずることがあり得るのであつて、使用者がかかる過払賃金分を決済するため、他の賃金期間の賃金からこれを控除することは、継続的な労働契約上の賃金相互間の調整的ないし清算的な決済方法として、便宜であることはいうまでもない。それゆえこそ、賃金の全額払の原則を定めた労働基準法第二四条第一項も便宜な決済方法である賃金の一部控除を絶対的に否定するものではないのであつて、それが使用者の優越的な立場のみから行われることにより労働者の生活に不安を与えることのないように同項但書は、法令に別段の定がある場合又は労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、かかる労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合には、相殺その他の法律上の原因に基づき、賃金の一部を控除して支払うことができるものとしているのである。従つて、使用者が、ある賃金期間の過払賃金分の決済方法として、他の賃金期間の賃金からこれを控除するには、賃金控除に関する法令の定の存する場合にこれを適用するか、あるいは、同項但書所定の労働組合又は労働者の代表者との間で書面による賃金控除に関する協定を締結するか、して行うべきであつて、かかる賃金控除に関する法令の定もなく、協定を締結することもできない場合は、賃金控除を決済方法として必要とする賃金の過払を生ずることのないように毎賃金期間の賃金支払日を期間経過後に定めることにより(民法第六二四条、労働基準法第二四条第二項参照)、賃金支払に関する使用者の利便を図る余地が残されているのである。そして、賃金控除の原因が使用者のやむを得ない事由によつて生じた賃金の過払によるものであり、控除の方法が賃金の過払を生じた賃金期間に接続する賃金期間の賃金からの控除であり、且つ、事前に控除を労働者に予告したとしても、その賃金控除は、なお、労働者の当該賃金期間の生活に不安を与えるものとして、労働基準法第二四条第一項本文の規定に違反するものというべく、このことは、使用者が、賃金支払日の直前に弁済期の到来する不法行為による損害賠償請求権その他過払賃金返還以外の債権に基づく弁済金を、労働者に予告した上で、賃金支払日に賃金から控除する場合となんら異らない。そうであるならば、本件賃金控除の原因であつた原告らの昭和三五年一〇月分の賃金の一部過払がやむを得ない事由とみられる賃金の前払及び賃金計算を事実上不可能とした本件争議による混乱状態に基因し、右過払賃金分をその直後の翌一一月分の賃金から控除し、控除について被告主張のような事前の予告をしたとしても、前記法令の定又は協定のない限り、本件賃金控除は、労働基準法第二四条第一項本文の規定に違反し、許されないものといわなければならない。被告の右主張は失当である。

(二)  次に、被告は、本件賃金控除は賃金全額払の除外事由を定めた労働基準法第二四条第一項但書にいう法令の定又は協定に基づくものであると主張するのである。

組合の加盟する全日本赤十字社従業員組合連合会と被告との間に締結された労働協約第七条第二項に、組合員が「組合活動を勤務時間内に行う場合には、その時間の給与を支給しない」と、定められ、また、武蔵野赤十字病院職員就業規則第四六条に、「職員が私事による欠勤遅参又は早退或は怠業争議のため勤務しないときは勤務しない時間につき給与を減ずるものとする」と、定められていることは当事者間に争がないが、右就業規則が労働基準法第二四条第一項但書にいう法令でないことはいうまでもないのみならず、右労働協約及び就業規則の規定は、いずれも、所定の場合には、勤務しない時間に相当する賃金債権が発生しないことを明らかにしたに過ぎず、既に支払つた勤務しない時間に相当する賃金を他の賃金期間の賃金から控除することができる趣旨を定めたものでないと解されるから、その他の点について判断するまでもなく、同条項但書にいう法令の定又は協定に該当しないものといわなければならない。従つて、右労働協約及び就業規則の規定が同条項但書にいう法令の定又は協定に該当することを前提とする被告の右主張は失当である。

3  原告らの本訴請求が信義則上許されないかどうかについて、以下に判断する。

本件争議に関して、東京都地方労働委員会において斡旋が行われ、その結果、被告が、組合との間の協定に基づき、昭和三五年一二月金五〇万円を争議解決金として、組合を通じ、原告らを含む組合員に対し、支払つたことは当事者間に争がない。しかし、右金五〇万円は、本件ストライキによるカツト賃金分の総額を基準とし、これに見合う額として算出されたとの被告の主張事実を認めるに足りる証拠はないが、仮に、そうであつたとしても、また、原告らが右金五〇万円より本件控除賃金分を上廻る争議解決金を受領したとしても、右争議解決金を受領したことにより、直ちに、原告らの昭和三五年一一月分の賃金に属する本件控除賃金分の請求が信義則に違反するものとみることはできない。しかるに、被告は、右争議解決金の受領が本件控除賃金分の請求を信義則違反たらしめる理由については、なんら主張立証するところがないのであるから、被告の右主張も失当である。

4  そうすると、原告らが被告に対し、原告らが昭和三五年一一月分として受取るべき賃金のうち、未払にかかる別紙「債権目録」記載の各金員及びこれに対するその賃金支払日である同月一六日の翌日である一七日から完済に至るまでの民法所定の利率である年五分の率による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるものといわなければならない。

二  (反訴請求について)

(本件反訴が民事訴訟法第二三九条の反訴の要件を充足しているか否かはとにかくとして、原告らは、本件第一〇回準備手続期日において、なんら異議をとどめず、反訴請求棄却の判決を求め、且つ、反訴請求の原因について本案上の答弁をしていることは記録上明らかであるから、当裁判所は、本訴における被告の申立を認容しなかつた以上、本件反訴について本案の審理をする。)

ところで、被告が、昭和三五年一〇月一六日に原告らに対し同月分の賃金を支払うに当たり、原告らのストライキによる不就労時間に相当する賃金分を含めて、支払つたため、右賃金分である別紙「債権目録」記載の各金員が過払となつたことは前記のとおりであるから、右過払賃金分は、原告らが、法律上の原因がないのに、被告の財産上の損失において、受けた利益であり、且つ、現にこれを保有するものといわなければならない。従つて、原告らは被告に対しこれを不当利得として返還すべき義務がある。そして、全日本赤十字社従業員組合と被告との間の労働協約第七条第二項及び武蔵野赤十字病院職員就業規則第四六条の規定並びに成立に争のない乙第二、第三号証によるまでもなく、原告らが特段の事情のない限り、ストライキによる不就労時間に相当する賃金の支払を受けることができないことはいうまでもないから、原告らは、昭和三五年一〇月分の賃金を受領した同月一六日前のストライキによる不就労時間に相当する賃金分については、右受領の際は、法律上の原因がないことを知りながら、これを利得したものであり、同日後のストライキによる不就労時間に相当する賃金分については、不就労の事実の経過と共に、法律上の原因がないのにこれを利得したものであることを知つたものと認められ、従つて、原告らは、少くとも同月経過後は、右不当利得のすべてについて悪意の受益者であるということができる。してみると、被告が原告らに対し、右不当利得である別紙「債権目録」記載の各金員及びこれに対する昭和三五年一〇月を経過した同年一一月一七日から完済にいたるまでの民法所定の利率である年五分の率による利息の支払を求める反訴請求は理由があるものといわなければならない。

三  以上の次第で、本訴請求及び反訴請求は、それぞれ理由があるから、いずれもこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は、その必要なきものと認め、これを附さない。

(裁判官 吉田豊 西岡悌次 松野嘉貞)

(別紙)

債権目録

小沢芳治

五、七二四円

秋元佑介

三、七八〇円

下坂正次郎

四、三五六円

神谷敬三

四、三二〇円

中村研治

三、七七〇円

(以下 九一名分省略 合計三三八、八二一円)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例